周厚安、周華健の息子として抱えた葛藤 父の曲を「歌手の作品」として聴けるように

俳優・司会者として活動する周厚安が、父で歌手の周華健との関係や、「有名人の息子」として育った戸惑いを語った。中國時報のインタビューでは、父の曲〈親親我的寶貝〉をめぐる思い出と、仕事で自立したいと願った父子のやり取りが紹介されている。
周華健が子どもたちを思って作った同曲は、周厚安にとって幼い頃は少し複雑な存在だった。どこへ行っても周華健の息子と見られ、周囲から曲を歌われることもあり、注目が自分自身に向けられているのか父親に向けられているのか悩んだという。23歳で米国の大学を卒業して台湾へ戻り、俳優として活動を始めてからは、父の作品を「自分の父親が作った歌」だけでなく、一人の歌手・作曲家の作品として聴けるようになった。
一方、仕事がうまくいかない時期に、父が人脈を通じて劇団へ連絡したことには強く反発した。自分の力で仕事を得たいと涙ながらに伝えた周厚安と、息子を助けようとした周華健は、時間をかけて話し合い、互いの思いを理解したという。現在は週に一度ほど実家を訪ね、両親と過ごす時間を大切にしている。
結婚から約2年がたち、子どもを持つことも考えている周厚安は、いつか父が歌に込めた期待や緊張を自分も経験するのかもしれないと話した。かつては気恥ずかしかった父の子守歌を、親になる未来を思いながら聴く心境に変化している。