中村京雅、ボールペンの箱詰めで生計を立てた時期も シンガポール移籍が転機に

シンガポールのライオン・シティ・セーラーズFCでプレーする中村京雅選手(30)が、プロとして苦境にあった日本時代と、移籍後にサッカーを楽しめるようになるまでを振り返った。生活が苦しかった時期には、練習の合間に子どもへサッカーを教え、ボールペンを箱詰めする仕事もしていたという。
ジェフユナイテッド千葉でプロキャリアを始めた中村選手は、練習で失敗して強く叱られるうちに自信を失い、サッカーをすることが怖くなったと語った。仲間と月2万円ほどの部屋をシェアしながら、横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.横浜)への期限付き移籍も経験。契約更新がないと知らされた後、2018年に横浜へ完全移籍し、翌年シンガポールへ渡った。
移籍当初は暑さや水分補給への適応に苦労し、最初の2カ月で7キロ体重が落ちたという。それでも環境に慣れると、失敗を恐れずプレーできるようになり、長く離れていたサッカーの楽しさを取り戻したと振り返る。現地クラブへの移籍時には月給約45万円相当を得て、生活も大きく変わった。
中村選手はその後、タンピネス・ローバースを経てライオン・シティ・セーラーズへ移籍し、シンガポール国籍を取得。現在は同国代表としてもプレーしている。妻と娘との時間を大切にしており、家族旅行など思い出づくりには喜んでお金を使うと話した。