高原、王菲と窦唯の離婚めぐる「第三者」説に初言及 「私は何を間違えたの?」

中国の写真家・高原がこのほどインタビューに応じ、20年以上前に窦唯と王菲の離婚をめぐって自身が第三者とされた話題について初めて正面から語った。高原は「私は何を間違えたの?」と問い返し、自分が二人の結婚を壊したとの見方を否定。当時、二人の関係にはすでに問題があったと説明した。
1999年の報道をめぐり、当時の心境を説明
窦唯は王菲と交際していた1994年、アルバムジャケットの撮影を通じて高原と知り合った。1996年に王菲と結婚し、翌年には娘の窦靖童が誕生。1999年には窦唯と高原が日本を旅行する姿が報じられ、窦唯が公の場で高原を「愛人」と呼んだことも大きな反響を呼んだ。同年8月、窦唯と王菲は離婚した。
高原によると、当日はスーパーで会計をしていたところ、突然報道陣に囲まれて質問を受け、何が起きているのか分からなかったという。窦唯を愛していたため、そばにいることを選んだと振り返った。
娘を一人で育て、長年のわだかまりも語る
窦唯と別れた後、高原は娘の窦佳嫄を一人で育てた。父親の印象を守ろうと、娘には「仕事で忙しい」「出張中」「録音中」と説明していたという。一方で、窦唯に娘を訪ねてほしいと頼んだ際には「自分の生活がある。もう連絡しないでほしい」と断られたと明かし、その不在をめぐって20年以上恨みを抱いていた。
転機は近年、窦佳嫄の誕生日に窦唯から祝福のメッセージと红包が届いたことだった。高原はそれを知って涙を流し、「あの時、窦唯を恨まなくなった」と話した。窦佳嫄も、20歳になるまでは父とほとんど交流がなく、近年になって関係が少しずつ戻ってきたと語っている。
窦佳嫄は音楽活動へ
窦佳嫄は母親に続いて音楽活動を始め、10月18日には北京で個人公演を予定している。異母姉にあたる窦靖童とも良好な関係を築いているという。